お見合い大作戦
1
 
 
 
秘書の水城は時計を見て、自分のデスクから立ち上がった。秘書室を出て、社長室へ向かう。ノックののち、中からの返事を待って入った。
朝、彼から言いつかった用件の時間だった。
彼は彼女の姿に立ち上がったまま、デスクに目を落としている。書見していたようだ。連休の後で、他出もあり、決裁待ちの書類が多いのだ。
「そんな時間か…」
社長室を遊び場にする猫の世話で、彼のネクタイの先は秘書が見ると、大抵胸ポケットに挟まれている。それを直しながら、彼は窓の側で転がってボールとじゃれている猫を手のひらで捕まえた。ちゅっちゅとねず鳴き声をかけてやり、ケージに入れた。
その仕草を見ても、秘書には笑いは起きない。ここのところで口元あたりの筋力は鍛えられた。
時計が午前十一時になり、扉がノックされる。秘書がそれに応じ、外の人物を中へ招じ入れた。若手俳優の桜小路だった。
彼の手にも猫を入れたキャリーケースがあった。ちなみに猫耳はない。
 
勧められて桜小路はソファに座った。社長は彼の近況を尋ねて口火を切って、その前に座る。問いに素直に返しながら、桜小路は彼を前にし、軽い緊張と居心地の悪さを感じていた。社長室になど、普段俳優は用がない。とんでもない問題をしでかして、その叱責に呼ばれるか、逆にとんでもない大仕事をして褒められるか、いずれかであろう。
自分はそのどちらでもない。
そういえば、役者仲間の北島マヤは、事あるごとに「速水さんに文句言ってくる!」と喧嘩を吹っ掛けにここに乗り込んでいたっけ…。
(すごいよな、マヤちゃん)
重厚な部屋のしつらえも若干威圧的だし、その部屋の主は速水社長だ。冷酷で容赦のない仕事振りと手腕は業界でよく知られる。桜小路の少年時代から彼は既に大人で、その人生経験の差と自分たちとは異業種ながらもキャリアと実績のある彼には、気圧される気がするのだ。
その彼が、なぜかマヤの猫と桜小路の飼うアメリカンショートヘアの子猫の見合いの場に、この社長室を提供してくれたのである。
マヤと社長とでどんなやり取りがあったのか、『紅天女』女優の彼女へは、さすがの速水社長も融通を利かせるのか…。
(すごいよな、マヤちゃん)
彼を前に、今更に感嘆してしまうのだ。
その彼が、詫びを入れ立ち上がった。これから出かけなくてはならないという。部屋は自由にしてくれて構わないとも。
「何かあれば、水城君に、頼んだらいい」
デスクに戻り、その椅子に掛けた上着に袖を通す。襟元を直すそのやりよう、仕草、すっきりとした身のこなし。この社長はまだ若く、見目良くごく颯爽としている。桜小路の目からも、そう見えた。半年ほど前の彼のスキャンダルで、状況は変わったらしいが、それ以前はひどくモテた人だと聞く。
(でも、社長が赤ちゃんプレイも含んだ複合的な変態嗜好者で、ゆっるゆるの下半身してたって、仕事とは関係ないもんな。趣味は自由だし…。それに、噂が本当かもわからない)
下品な噂を真に受けないで、こんな風に感じてもいた。いいやつである。
品のいいものだとすぐにわかる彼のダークスーツを見ながら、桜小路は、自分が急な入用で、最近買った、吊るしの値頃なスーツを思い出した。それとは違うな〜、とぼんやり見ていた。
そういえば、今日の約束したとき、マヤが桜小路に「ネクタイをあげる」と言っていた。人からもらったらしい、ゆるキャラの『ちくワン』が刺繍された、「可愛いやつ」だとか。桜小路はゆるキャラの『ちくワン』も好きだし、マヤがくれるのなら嬉しさ倍増だった。
(速水社長は、絶対『ちくワン』のネクタイなんかしないだろうな)
彼のレジメンタルのタイを見て確信する。それが、何となく彼に対してのより若い自分の強みのように思われるのだ。
出されたコーヒーを口に運ぶとき、秘書に言う彼の声が耳に入った。「まだか?」。目をやれば、速水社長が扉に向かいながら、腕の時計を見ていた。
扉を開け、廊下の様子をうかがった秘書が、
「まだのようですわね」
「もう十分も遅れてるぞ。しょうがないな、あの子は、まったく。桜小路君だって、暇な身じゃないなんだ」
そこで彼が、桜小路へ、
「すまない、後で叱っておくから」
「…あ、いえ、時間ならまだあります」
出て行く彼を見送り、ふとさっきの彼の言葉がひっかかかった。「すまない」である。桜小路も彼女と同じ大都所属の役者だ。身分は同じ。なのに、彼女の遅刻を社長の彼が桜小路に詫びるのだ。変だな、と思った。
彼と彼女の関係を、桜小路は知らない。だから、変だとは感じたが、そこまでだ。マヤに頼まれ、この場を提供したその責任として口にしただけなのだろう、と。
程なく、彼女が飛び込んできた。
「ごめんなさい、桜小路君!」
 
見合い後、水城は社長からの言づけ通り、マヤと桜小路に、食事を勧めた。
「社長からのサービスよ。社内のカフェテリアからも取れるし、外で食べたかったら、おつき合いするわ」
桜小路は辞退した。マネージャーと打ち合わせを兼ねた昼食の約束があるという。
「マヤちゃんは?」
「あ、ごちそうになります。四時まで暇です」
「ああ『スーパーレンジャー・トランプファイブ』の撮影ね」
桜小路は水城に今日の礼を言い、猫とマヤにもらったネクタイを持った。マヤに「またね、マヤちゃん」と微笑んで帰って行った。
彼女は水城に頼んで、カフェテリアからサンドイッチをオーダーしてもらった。ついでにパフェも頼んだ。
届く間に、彼女は休みに彼と行ったテーマパークのことを話した。届けられた食事をソファで食べながら、ケイタイで撮ったテーマパークの様子を水城に見せた。マヤの相手に同じく座り、和風スパゲティーを食べていた水城は、のぞいた画面に口のスパゲティーをふき出しそうになった。
社長がその有名パークで売られている、クマのキャラクターのド派手なキャップをかぶっている。パーク内のどこかのカフェだろう、撮影に面倒くさそうな顔をしながらも、でっかい容器に入ったポップコーンを食べていた。パーク内の各種あるキャップの中で、水城が一番かぶりたくないタイプのものだ。とにかく、そのやたらとラブリーな代物を、彼は頭にしっかり載せている。
「速水さん可愛いと思いません?」
衝撃にむせた。何とかやり過ごし、
「そうね、楽しそうね」
可愛いとは思わない。どちらかと言えば不気味だった。




     

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