お見合い大作戦
2
 
 
 
水城が食べ終わる頃、マヤのパフェが届いた。水城は立ち上がって自分の皿を返し、彼女へコーヒーを振舞うため奥の扉へ向かった。
コーヒーを用意し戻ると、次は彼が部屋に帰って来た。
彼女の前のサンドイッチの皿と、パフェの器を見ると、「すごい取り合わせだな」と首を振った。
彼女の前に座り、皿に残した彼女のサンドイッチをつまんで食べた。パフェに気が行って、もう要らないようだった。
「何かお取りしましょうか?」
昼食を兼ねた会議だったはず。念のため秘書は訊くが、彼は「これで十分」と返した。先方で用意されたのは、重いものや気の向かないメニューだったのだろう。食事が進まなかったようだ。
「当ててみましょうか? うなぎでは?」
残ったサンドイッチをつまみ終え、「当たり」と彼が返した。秘書が新たに淹れたコーヒーを飲み、彼はマヤに見合いの首尾を訊いた。
パフェを食べつつ、彼女は軽く首を振った。
「あんまり仲良くなってくれなかった」
と残念そうだ。桜小路の飼う洋猫が、ちょっと攻撃的でみいちゃんは怯えがちだったという。彼は「ふうん」と応じたが、
「言っただろ、うちのみいちゃんとは違うって。彼のは人工繁殖の猫で、みいちゃんは天然品種じゃないか。こう言っちゃ彼に悪いが、金を出せばどこででも買えるあんな猫とは、純血種のうちのみいちゃんは生まれが違うんだ」
もっともらしく「天然品種」、「生まれが違う」、「純血種」と桜小路の猫との差別化を図るが、その「うちのみいちゃん」は、拾った単なる死にかけの捨て猫に過ぎない。水城は笑いを堪えて四苦八苦した。
そして、やや癖のある彼の髪に、あの激しくラブリーなクマのキャップの影がふと重なって見える。こみ上げる笑いを飲み下すのに、一時、水城は死にそうな気分を味わった。
それらをほんのりとした笑みに変え、マヤの空いた皿を手に持った。
「何も無ければ、所用もありますし、下の階へ届け物に行って参りますが…」
「ああ、いいよ」
彼が頷き、彼女は立ち上がった。「ごちそうさまでした!」と水城に礼を言った。次いで、自分も帰るという。
彼は煙草をくわえ、彼女に夜は来るのか、と訊いている。はっきりと彼は告げないが、いつの間にか彼らは四分の一同棲のような状態になっているのを、秘書は悟っている。
「うん、大丈夫です。そう、でも着替えがないから、今から買いに行ってこようと思って…」
「手持ちはあるのか?」
「はい!」と彼女は元気に返すが、気になったのか、しゃがんでバッグを改めている。水城の位置から財布に千円札が一枚見えた。
彼女の様子を見て、彼は上着から財布を出した。中から幾らか抜いて彼女に「ほら」と差し出す。
「持っていけ」
「後でATMで下ろせばいいし、要りません」
「とにかく持っておけ」
彼女へ差し出した手をだるそうに、彼は振った。水城も彼女へ「いただいておきなさい。タクシーにも乗れないと困ることもあるでしょ?」
「…あ、じゃあ」
と彼女はやっと手を伸ばす。ありがとう、としまいながら、「パンツ買うのに、こんなに要らないのに…」とこぼした。
彼は煙草を指に挟み、からから笑った。「なら、俺のパンツも買っといてくれ」
「変なの買ってあげるから!」
彼女は頬を赤らめても、ぷりぷりと言い返す。恥ずかしいのか、水城にはきちんと礼を重ねたのみですぐ帰って行った。
遅刻して、社長室を借り切って猫のヘンテコな見合いを繰り広げ、昼食のついでにデザートまでごちそうになり、挙句に彼から数万頂戴している…。あきれた行いの数々だが、それを彼の前で平気でやれる彼女に、やはり気負いも自覚も見えない。
そして、そういったわがままなはずの振る舞いなのに、こちらに図々しさも生意気さも彼女は感じさせないのである。それはちょっと捉えどころなく不思議で、確かに独特の魅力といえた。
彼女と関わって随分となるが、当の彼以外にも、水城もそれに長く引力を感じているのではないか…。
「台風一過…。豆台風は健在ですのね」
ちょっと笑って、水城は言った。彼に対してのつもりでなく、独り言めいたものだった。彼女との新たに始まった彼の時間は、さぞにぎやかで面白く、そしてとびきり幸せなのだろう。それは、祝福とおかしみの意味を込めての述懐だ。気づけば、こんなに鮮やかに、二人の季節は色を変えてしまっている。
「やれやれだ。相手をさせてすまなかったな」
「あら、そんなことはありません。お休み中の楽しいお話も聞けましたし」
彼女から何を耳にしたのか大体の見当はつくようだ。彼は煙を吐いてそれに返さなかった。らしくないあれこれに、これで照れているのだろう。
デスクに戻りながら、「そうだ」と彼は彼女を引き留めた。「前に言った話だが…」。それに水城はふっと緊張を覚えた。連休前に彼から話があると告げられ、それが他出や忙しさで、数日お預けになっていたのだ。そのことだと思った。
彼は彼女に、ホテル事業を中心に展開する大都ロイヤルズの新社長に就任が決まったと告げた。目新しい話ではない。社内上層部では噂されてきた話であり、彼のこちらからの異動は、会長の息もかかった既定路線のようだった。
「おめでとうございます」
規模としては、あちらの方が大きい。テコ入れもあろう。彼の手腕が問われるし、まずステップアップと言える。
「君には俺についてきてほしい。都合があろうから、すぐに返事は求めないが。なるべく早くに…」
ちょっと息を飲んだ。彼の目を見直し、思いがけない申し出に驚きと共に気持ちが跳ねるのがわかる。彼のステップアップなら、その秘書として同じく異動する水城にとっても飛躍である。じわりとグループ企業の中枢に彼は動いて行く。そこに自分も伴われるのだ。
無理だと思っていた。彼は鷹宮家との破談を際に、マヤとの関係を手に入れた。それを機に、幾枚もの無駄を脱いだように身軽になった。無意味に優しくなったのではないが、折りに、どこか柔らかい印象を見せる。
その彼の目の先にある場所に、自分はきっと必要とされていないと思っていた。水城自身もまた、彼が脱いだ幾枚かの無駄の一つだと感じてもいたから…。
返事を預ける形にした彼に、水城は即返した。
「喜んで参りますわ。お話をいただけて、光栄です」
彼は返答の速さにやや驚いたようだが、それに触れず、頷いた。「頼むよ」と。
そこで秘書は仕切り直し、いつものようにきびきびと身を翻す。部屋を出て行った。背中に、みいちゃんが鳴く、元気な声が聞こえた。
 
 
 
 
 




            

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