みいちゃん
6
 
 
 
翌朝、寝ぼけ眼の彼女をなだめ、一緒に風呂に入った。せいぜい恥ずかしがって、「エッチ!」、「スケベ!」、「馬鹿!」と連呼していたが、入ってしまえば、湯船につかって気持ちよさそうだ。
彼が後ろから抱くその手をほどき、立ち上がった。寛いだ風で、朝日の射す中曇ったガラスに絵を描いて遊んでいる。
「何だそれ。地図記号か?」
「お日さま!」
彼に振り返る。露わな彼女の肌を彼の目が熱っぽくさまよった。
「地図記号、わたし、これなら覚えてる」
彼女は「お日さま」の隣りに二重丸が串刺しになったような、卑猥なものを描く。
「そんな地図記号はないぞ」
「え、警察署って、これじゃなかった?」
「違う、絶対違う。警察に捕まるぞ」
彼も身を起こし、彼女の絵を消してから、丸を描き中に×を加えた。「これだよ」。
「へえ、そうなんだ」
彼女を振り向かせてキスした。温まってやんわりとした肌を指で辿る。「ここでしようか?」と訊くと、「馬鹿!」「馬鹿!」言いながら、許してくれる。そんな彼女の彼への甘さが、彼は心地よかった。
愛撫と湯でのぼせそうな彼女を抱きながら、湯船を出た。彼が縁に座り、彼女を跨がせて抱いた。その後で仕上げのつもりで、体を洗ってやった。
「もう、上がらないと…。茹っちゃった」
ややふらつく彼女が立ち上がる。使ったシャボンの泡でつるりと滑った。「きゃっ」と言って体勢を崩した彼女を、彼が支えたが、タイルの床に倒れてしまう。尻の辺りを打ったらしい。顔をしかめている。
「っ痛〜い」
「大丈夫か? 見せてみろ」
「見せない」
「見せろ」
強引に腰を抱いて確認した。少し青くなっているだけで、大したことはなさそうだった。彼女は、ぷりぷりとした声で、
「エッチな速水さんから、早く離れよう。スケベがうつっちゃう」
と、出て行った。
彼が泡まみれの髪を流しているとき、バスルームの外から彼女の声がした。「ああ!」と虚脱した声だ。ドアを開け、彼がどうしたと声をかけると、
「また、カーテン持ってきちゃったの」
と嘆くから、笑った。
「借りたシャツ、上に忘れちゃった…。あ、パンツもない!」
家の中だ、誰の目もない。取りに行けばいい。
「あ〜ん、お尻、痛い…」
いちいち手のかかる女である。
「すぐ出るから、待ってろ」
 
二日間を二人きり過ごし、三日目に別荘を後にした。見送る管理人に挨拶をし、車に乗り込んだ彼女は、ちょっとしんとした様子でいた。
非日常は終わりだ。明日から、また互いの居場所に戻らねばならない。それが嫌なのではないが、後ろ髪引かれるような、寂しさは否めないのだ。
密で甘く、飛び切り楽しかった日々。短すぎる休暇のあっけない終りに、ちょっと放心してしまう。
そんな彼女の心持が伝わるのか、彼は彼女の手を握り、「また来よう」と約束する。
「うん…」
嬉しく彼の言葉を聞いたが、それはなかなか叶わないだろうと、どこかで観念している自分がいた。あきらめ過ぎて、待ち過ぎて、それが習い性になっているのは、彼女だって同じだった。
それでもいい。
朝方に再び抱き合った。そのとき彼女が、彼に言った言葉、「会えなくても、こんなわたしを覚えていてね」。
それに「こんなに好きで、忘れられる訳がない」と彼は抱きしめてくれた…。
だから、いいのだ。
次の予定が立たない関係でも。
構わない。
好きだから。
「速水さんが、大好き」
 
 
一週間後の夜更け。彼女からの彼へのメール。
 
『明日、『ペットショップ ラブリー』に行ってきます(^^)/~~~
 
帰宅途中、それを見た彼は、意味が取れなかった。そのまま彼女へ電話する。長く待たされて、やっとつながった。
「あ、速水さん」
久しぶりの彼女の声だ。その声の後で、メールを見たと告げる。
「そう、ちょっと時間できたから、行ってきますね」
「だから、何であんなところに行くんだ?」
「え、だって、新型キャットタワーが入ったって、メールが来たんです。すご〜く可愛いの、ハンモックとかあって。写真を見て、一目ぼれしちゃったから、とりあえず見てこようと思って。みいちゃんもすぐ使えるようになるでしょ」
「メールが来たって、何?」
「あ、わたし『ラブリー』のメルマガ会員になったんです。ポイントの加点もお得になるんだって」
(なるなよ、そんなもの)
「近くの店にないのか?」
「日本じゃあのお店の他数店しか入荷しないらしいんです。他は関西とか九州とか…」
彼は黙って、何かをしばらく考えた。ほどなくして、
「明日何時に出る?」
「えっと…、稽古の後で、五時頃出ます。あのお店、深夜営業してるみたい。親切ですね。電車とかまだわからないけど…」
「連れて行くから、社に来てくれ」
彼女は渋った。忙しいのに悪いとか。無理をしてもらうのなら一人で行く、速水さんには外せない接待があるからいい、と。
「外せない接待なんか、明日はない。いいから、来い。部屋にみいちゃんもいる」
「え、本当、社長室にいるの? わあ、いいな。行く行く」
あっさり、釣れた。
訳のわからないキャットタワーを見て(きっと買わされる羽目になる)とんぼ返りしたとしても、帰って部屋で彼女とゆっくりする時間は取れる。
それで彼は嬉しくなった。とっさに、『ペットショップ ラブリー』を恨んだが、案外あれは彼女の縁をきゅっと結んでくれる、彼らのパワースポットなのかもしれない。
柄にもなくそんなことを思い、やはりほのぼのと気持ちが暖かいのだ。

 

 

 

 

 





          


パロディー置き場へどうぞ♪


お読み下さり、ありがとうございます。
ご感想おありでしたら、よろしければ メッセージ残して下さると、大変嬉しいです♪

ぽちっと押して下さると、とっても喜んでます♪