ふわり、色鉛筆
16
 
 
 
咲耶さんは、返事は明日まで待ってくれるという。
人気サークルの彼女との合同誌だ。当初の計画と大きく逸れたものになろうが、かなり売れるのは期待していい。だから、冒険などせず、内容自体を無理のない、ぐっとお手軽なものに変えるのが、きっと正しい。
残りたった十日で、約百ページもの原稿を、真っ白な状態から仕上げることなど、そもそも不可能だと、理性が告げる。
大きな裏切りに遭った直後で、気持ちが荒れ、彼女も冷静ではないはず。明日になれば、また違った言葉が聞けるかもしれない…。
そのとき、彼女が企画を辞めるつもりなら、慰めるに留め、そのままそっと距離を置くべきだろう。気の毒で胸が痛いが、直接被害をこうむったのは、わたしではないのだ。
気持ちを切り替え、次のイベント用に、自分の個人誌に時間を割けばいいのだから…。
 
最大手サークルとの合同誌。
売れると保証があるようなもの。
六:四…。
 
欲が頭でくるくると回る。
頭を冷まさなくちゃならないのは、わたしの方かもしれない。
悩むのも早計と、ひとまず、迷いを隅に追いやった。
 
咲耶さんからの電話は、八時前にあった。総司を園のバスに送った、帰り道だった。
思いがけず、彼女の声ははつらつと威勢がいい。普段と何も変わらないその声が、
『早朝申し訳ありません、今、よろしければ、夕べの件で、姐さんのお返事を聞かせてもらいたくて…』
意地かプライドか。企画への気持ちの揺らぎは、ないように感じられる。それどころか、増したようにも取れるのだ。「お返事を待たずにフライングですが、本の内容は練り終えました」と、意気軒高だ。
夕べ、わたしは「無茶は止めよう」と、明日いさめるつもりでいた。薄くても、本は充実したものを作るべきだと。それで寂しいのなら、先着のお客にだけでも、ちょっとしたノベルティーを付ける手も、ありじゃないか…。
なのに、そんな意見を口にしないまま、「どんな風?」などと問うている。咲耶さんが練った新企画に、興味を刺激されているのだ。
『はい!』
わたしの乗り気が嬉しいのか、咲耶さんは声までぴんと張り、付け焼刃にしては面白そうな案を述べる。
『ミステリーのアンソロ風に、二人で一本の作品を描くのはどうでしょう? たとえばまず、わたしが『問題編』になる全編部分を描いて、姐さんがその後の『解決編』というか、ラストまでの後編を描くみたいな…。もちろん、内容はミステリーじゃなくてもOKです。それに、順序もどっちでも構いませんし』
へえ。
と思った。面白そうだと。
でもそれなら、後編を受け持つ側は、前編が仕上がるまで(もちろんラフでいいが)、描き出せない。時間の大きなロスだ。
その辺を突くと、全てではないが、前編のラフのラフ程度が出来つつあるというから驚く。
「さすが早いね、仕事が」
既に引き返せない段階だろう。
ここまで聞いておきながら、「ごめんね、遠慮する」は、自分が大事でも、さすがに言い辛い。
『夕べ、姐さんとの電話の後からずっと描いてたんです』
だから申し訳ないが、自分に物語の前編を担当させてもらえないか、と彼女は頼む。『急ぎますから』と。
義務感も、責任感も、そして見栄もプライドもあるはず。
けれども、彼女は描くことが、好きなのだろう。
だから、逆境に遭ってもペンを持てるのだ。
眠らなくても、余裕がなくとも、紙面に執着し、向き合うことができるのだ。その非現実感すら、楽しさとわくわくとした興奮に変えてしまえるほど…。
好きなのだ。
 
「いいよ」
 
その返事は、わたしのどこから出てきたのだろう。不思議なほど動揺がなかった。自然にその声は、喉を滑り舌を転がり、こぼれ出したのだ。
咲耶さんの情熱に、かつての自分を垣間見たはずだ。そして、いまだ、それが自身のどこかに、形は変えてもきっと残ることを、わたしは信じているのだ。
『ありがとうございます! 姐さんなら、きっときっと、この咲耶を見捨てることはないと、わかってまし…たぁっ…、ぐすっ…、あね、姐さんっ!!』
彼女の声は、わたしの返事に気が緩んだのか、語尾が涙につぶれた。
まさか、ちょっと前まで断る気でいました、とも言えない。ははは、といつもの適当笑いで流しておいた。
軽く打ち合わせ、電話を切れば、ちょっとした高揚感と緊張が走る。忙しくなるぞ、と気を入れるつもりで、身体をぱちぱち手のひらで叩きながら家に向かった。
『急いで上げます』と、咲耶さんは言っていたが、待つ間わたしもやることはある。これとは別に、アンソロ用に描きかけの作品を持っている。
それを仕上げて…、
そこで、家の前を掃く安田さんの奥さんを見かけた。平日であるのにのんきそうな様子は、仕事が休みでもあるらしい。
これまでのことから、無視されるのを覚悟で、通りすがりに、「お早うございます」とだけ言っておいた。
「おはようございます。総ちゃん、幼稚園?」
意外にも、声が返ってきた。
「ええ」
「奥さん、最近パート辞められたの? 毎日、お迎えも出てるの見かけたけど…」
仕事に行っているはずなのに、この人、そんなのいつ見てんだろう?
同じで辞めたのかもしれない。それで、我が家が保険を解約したためらしいあの屈託も、晴れたのかも…。
どっちでもいいけど。
「何か、内職でもなさってるの?」
しつこいな、と思いつつ、「まあ、そんなもので…」と言葉を濁しておく。まだ問いたそうな彼女に先んじて、
「じゃあ」
と、急ぐ様子で家に入った。
総司のいない間、済ませてしまいたいことはいっぱいあるのだ。
一時間足らずで家事をざっと片づけた。コーヒーを用意し、ダイニングのいつもの位置に座った。マグカップは、夫の分も出しておいた。
原稿を幾枚か広げ、それから身を引くようにやや身体を逸らし、眺める。ときにこうやって、わたしは俯瞰してバランスを見る。この癖は、ちょっと原稿に詰まりを感じているときによく出るものだ。
手直しに時間がかかり、集中していた。気が付けば、食べたか食べないかわからない朝食のせいで、空腹感に我に返る。時計はもう十一時を過ぎていた。
そろそろお昼を食べたいな、と思った。
総司を幼稚園に送り出せば、そのお迎えまで、がーっと原稿に集中する時間が持てる。パートに割いていた時間を漫画にあてられることに、楽しみも張りもあり、毎日が充実していた。
だから、深夜のゲームが過ぎて、夫が昼近くまで寝室から出てこない日々が続くことにも、目をつむっていられたのだ。
キリのいいところでペンを置き、キッチンに立った。焼きそばでもしよう、と準備を始める。
先日、夫なりにかなり期待していた企業が不採用となり、ひどく落胆していた。顔色すら悪くして帰宅した彼に、引き出しの封筒からお金を抜いたの何だの、問うことすらはばかられた。
「またか」とは思いつつも、もちろん、そんなことは口に出せない。
本音では言いたいことはたくさんあった。前職と比べ過ぎ、高望みをしているのじゃないか。希望の職種じゃなくても、チャレンジくらいしてみたらどうか、そこからまた別な展望があるかもしれないから…。
言葉にできない本心の代わりに、わたしは「そう…」の他、それについて何も言わなかった。「大丈夫、のんきに構えよう」と、ぬるい励ましを口にしただけ。
そんなことを言えるのは、自分に少しばかり余裕ができたからかもしれない。安定しない専業の同人描きとはいえ、収入を得る道を、わたしは探し当てていたから。まだおぼつかないが、ネットでの書店の委託販売も始めた。売り上げは確かに増えていたのだ。
焼きそばにスープを添え、夫を起こした。テレビを流しながら、二人でそれを食べる。夫はまだ眠そうな様子だ。午後のことをたずねるが、曖昧な返事だった。
「ちょっと出てくるかな、少しもらっていい?」
「うん、財布から出しといて」
彼がどこに出かけるのか、詮索するつもりはなかった。訊けば、「ハローワークに決まってるだろ」とくる。それを信じるしかないのだ。
家で好きな仕事ができるゆとりが、気持ちを大らかにしていた。実際、彼にリビングでテレビをだらだら見られるより、外に出かけてくれた方が、わたしは仕事ははかどる。
昼食の後で、原稿に戻った。それからはほどなく、夫が外出する。
原稿の合間に、総司のおやつの用意や、夕飯の下準備などにペンを止めた。勝手に中座の都合のつく、家という空間が心地よく、些細なことが嬉しくなる。
決まらない夫の就職を思えば、先が不安なのは、間違いない。でも、身体も気持ちも以前の自分比べてちょっと楽な今、何だかのんきでいられるのだ。
何とかなるのじゃないか。
そう悪いことにはならないのじゃないか…。
たとえば、十年後のわたしたちが、笑顔でいられるような、そんな気がするのだ。
そして、そんな楽天的な未来図を、ちょっとすがりつくように願う自分も知っている。
 
 
咲耶さんから、アンソロ原稿の前編のラフのラフが届いたのは、あの電話の後二日後。仕事が早くて、本当に助かる。こっぴどい裏切りに遭うほど癖のある人なのだろうが、同じ専業の同人描きとしては、見習いたいところが多々ある。
彼女はそこから、怒涛のペン入れに入る。
一方、後編を任されたわたしは、真っ白な状態だ。彼女の申し出を受けた時点で、一から仕上げるのは、時間的に無理だと判断していた。
咲耶さんの鉛筆描きの下書きを読みながら、どう修正を入れれば、あのネタが「使える」かを、頭でひねくり回し、組み立てていた。
よし。
あらましが出来たところで、メールを打つことにした。
 
『久しぶり。元気?
あ、今、個人で同人やってます()
最後の本の未収録のネタ、使っていいかな?』
 
去年の年賀状で、アドレスを確認しながら、送信。送り先は千晶だ。
彼女と最後に話したのは、いつだったか。総司が生まれて、その連絡を同じようにメールで知らせたときが最後だったかもしれない。千晶からは、イラストを載せた、お祝いメールが返ってきたっけ…。
「あのネタ」というのは、彼女と作った最後の本に載せるはずだったが、ページの都合で没にしたもの。『ガーベラ』でも少ない二人の合作もので、ネタはわたしが、漫画は千晶が描いた。結局下書きのラフで終え、そのままになっていた。そのノートは、わたしがもらって保管してあったのだ。
原案はわたしのものとはいえ、彼女の断りなしで使用させてもらうのは気が引けた。果たして、これが、同人再開のお知らせにもなった訳だ。
忙しい彼女のこと。返事は遅いだろう。メールを送った今から、原稿はもう始めるつもりだ。半ば事後承諾になるが、こっちも事情が事情だし、それはそれでいいか…。
そんなことで怒る人じゃなかったはず。もし、気に障ったのなら、そのときは謝ればいい。それで許してもらえないのなら、もう友達ではないだろう。少なくとも、わたしの知る千晶ではない。
ペンを動かしながら、返事を待つ。そうしながら、気持ちは、すぐには鳴らないはずのケイタイに傾いている。ちょっと恥ずかしいのだ。
あんなにあっさり自分から身を退いたくせに…。なのに、あれこれあって、漫画の世界に引き戻されたように、また必死にネームに取り組んでいる。
十三年も経ったというのに、
あの頃と同じに、紙に向かい、
同じような気持ちで。
彼女も、かつての沖田さんと同じで、わたしの変わらない意志を知るや、解放するかのように、違う道を行くこちらの背を見送ってくれた…。
まるで、さんざん餞別をもらって遠方へ引っ越した後で、結局元の住所に舞い戻るような、「へへ」と照れ笑いしたくなる気まり悪さと、羞恥があるのだ。
「同人始めました」の連絡が遅れたのは、彼女はやはり、わたしにとっての特別だからだ。
思いがけず、それほど待たずに、メールは返ってきた。
 
『いいよ〜(^^)/
 
 
それだけかよ。
 
初見でふき出した後、わたしは、しばらくその返事を眺めていた。
 
 
ネタ元があったおかげで、原稿ははかどった。
咲耶さんにも心配かけないよう、締め切りに間に合う旨を報告し終えたとき、問題が起こった。
プリンターが壊れたのだ。
吹き出しに貼るセリフは、鉛筆描きの原稿で、せめて読みやすいようにと、ワープロ打ちしていた。それが二枚ほど刷った後で、吸紙したまま動かない。
夫に見てもらうが、「古いからな」と早々にさじを投げられた。確かに古い。幾度もの引っ越しのたびに、梱包の思い出がある品だ。
修理を頼もうにも、新しいものを買うにも時間が遅すぎた。少なくとも、今夜セリフを刷るくらいは終えておかないと、明後日の締め切りまでに、あまりに余裕がない。
本当は今夜中に、刷ったセリフを切り、整理し、貼れる分は貼る予定でいた。だから、インクも買い置きしてあったのに…。
目の前が暗然とした。
咲耶さんに頼んで、プリンターを拝借しようかと思った。さすがに、夜分お邪魔するには気が引けた。またお宅がお宅でもあるし、距離もある…。桃家さんにしてもしかりだ。
そこで、千晶が浮かんだ。昔はこんなこと、互いにしょっちゅうだった。
咲耶さんや桃家さんよりは、頼むハードルが低い。夜分に急で、失礼なのは失礼だが…。
忙しいだろうか、やっぱり邪魔になるだろうか…。
でも、訊くだけ訊いてみても…、
駄目なら駄目でいい。
ケイタイを取り出し、キッチンへ向かいながらメモリーを探った。夫がパソコンを使っていいか、と訊いてくる。どのみちプリンターは駄目なようだから、占領していてもしょうがない。千晶の番号を拾い、コールボタンを押しながら、「うん」と頷いて返した。
幾度かのコールが不意に切れ、通話が始まる。
彼女の声を待つ前に、
「ごめんね、遅くに。千晶、今、大丈夫?」
急いで問うた。
小さな咳ばらいが返る。
続く、笑いを含んだ声にぎょっとなる。
千晶ではない。
 
『おい、雅姫、誰にかけてる?』
 
沖田さん?!
何で?
わたしは返事もせずに、耳からケイタイを離し、表示を確認した。間違って、沖田さんにかけていたのだ。
登録メモリーも決して多くないため、誰かを消去した後に、癖で、上書き登録していたのを思い出す。
あちゃ。
心の声が、ついもれたようで、
『何が、「あちゃ」だ。大先生なら、取材で福岡だぞ』
取材旅行にお供する、千晶の担当者に昨日会ったのだという。『今頃は、社の金で水炊き食って、焼酎で酔っぱらってる頃だろ、ははは』などと、のんきに教えてくれた。
「ええ?! そうなの…」
『どうした? お前が千晶に連絡するなんて、珍しいな。何か約束でもあったのか?』
「約束はしてないけど…、ちょっとね…」
『何だよ? 言えよ』
「…うん……」
言ってもしょうがないと知りつつ、八方ふさがりの愚痴めいて、現状を伝えた。言った後で、
「ああ、沖田さんなんかに言っても仕方ないんだけどね。もう…」
と、昔のような生意気が、ぽろりと口をついた。
沖田さんは、やはり昔のように、それをあっさり流し、意外なことをさらりと言う。
『持って来いよ、うちで印刷すればいいだろ?』
 
へ?
 
『「へ?」じゃねえよ。急ぐんだろ? USBにでも入れて、持って来いよ』
驚きの後で、返事に詰まった。
それは、迷うからだ。
彼の家なら、一度お邪魔したことがあり、場所も知っていた。今なら電車もあるし、行くのは可能だ。そして、セリフを刷らせてもらえれば、今、非常に助かる…。
ちらりと壁の時計を見る。もう十時だ。おいそれと人の家にお邪魔できる時間じゃないだろう。
どうしよう。
迷うくせに、ためらいもせず『持って来いよ』と言ってくれた、変わらないわたしへのその優しさと気安さが、嬉しい。
ひどく嬉しいのだ。
 
「じゃあ、行く」
 
電話を切ったとで、夫にこれから出かけることを告げた。眉根を寄せ、「え?」といぶかしがる。当然の反応に、バッグに必要なものを詰め込みながら、
「ごめんね、今夜中に印刷できないと、本が間に合わないの。友達がプリンター使わせてくれるって言うから…」
「ふうん」
「次のイベントで出す本なの、前に言ったよね? ジャンルのすごい大手の人と組んで作ってるから、わたしのせいで落とせないんだ。大きなイベントだし、絶対売れるよ。今までとはけた違いに!」
「ふうん…」
いつもなら、口にすることはない同人関係の期待を込めたよもやまだ。同人に疎い夫が、それを理解しているかどうかは怪しい。ほら、ぽかんとした顔で、わたしを眺めている。
なのに、矢継ぎ早にしゃべるのは、必要とはいえ、後ろめたいからだ。
主婦のわたしが、深夜に家を空けることだけではない。
もう一つの理由が、頭をよぎり、頬に刷毛でなぞるようなくすぐったさが走る。
 
沖田さんの家だからだ。
 
「用が済んだら、なるべく早くに帰るから」
総司をよろしくね、と頼み、家を出た。既に寝たが、起き出してぐずることもままあった。
ぬるい夜風に頬をなぶらせながら、自転車で駅に向かった。
手ぶらもまずいな、と、駅前にあるチェーンのドーナツショップで、ドーナツを幾つか箱に詰めてもらった。沖田さんは好かないかもしれないが、妹のいろはちゃんなら食べてくれそうだ。
向かう途中、彼から『迎えに行ってやる』と電話があった。場所もわかるし、その最寄りの駅から、彼らのマンションはほど近い。
「いいよ、すぐだから」
断ったのに、なのに、
『駅の前で待ってろ、行ってやるから』
ときにわたしへ向ける、あの、ちょっと有無を言わさぬ口調だ。『夜中に危ないから』という。
「…うん、ありがとう」
電話を切って思う。きっと、いろはちゃんにもそうなのだろう。
電車を降り、改札を抜けた。ロータリーの辺りは、以前昼に来た印象と違い、ひどく閑散と暗かった。駅前の商店街も、今の時刻に開けている店は、ちょっと目につかない。
迎えに来てもらってよかったのかも、と安堵する。ここから一人、夜道を行くのは、やや心細い。
階段のところで腕を組んで待ってすぐ、見覚えのある姿が手を挙げ、こちらへ走ってくるのが見えた。
 
あ。
 
その光景が、どうしてだろう、変にまぶしい。
こくんと、胸が鳴るのは、どうしてだろう。
Tシャツにラフなハーフパンツの沖田さんは、傍に停めた車に乗るように促した。
何となく照れくさい。
示された助手席に乗り込んですぐ、持ってきたドーナツの箱に触れる。
「こんなのしかなかった、夜だから。でも、いろはちゃん好きだよね?」
「あ、いろはいない。あいつ…」
休暇を取って、友人と大阪の同人イベントに「遠征している」という。
 
はあ?!
 
わたしの驚きをどうとったのか、彼は首をひねりながら、
「いい年頃の若い娘がなんだが…。まあ、ろくでもない男のケツ追っかけるよりましか」
 
はあ?!
 
「心配すんな、俺が食うから、それ」
そんなこと、これっぽっちも心配していません。
 
二人っきりなの?!





          


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