天涯のバラ
(33)
 
 
 
後半も、雰囲気は変わらず、わいわい和やかに進んだ。
「何だ、君らは。初めて会ったんじゃないのか? いつからお笑いコンビを組んだ?」
女性二人はからかいに、顔を見合わせて笑った。
彼女の気取らない気さくな気性もあり、初対面ながら打ち解けた様子の二人が、話しているのが彼の耳に入った。互いに、生い立ちなどを打ち明け合っているので驚く。
「…そう、お姉さんと同じです。わたしも母だけ。横浜の中華街の、小っちゃいラーメン屋さんで育ったの」
「おうちがラーメン屋やったん?」
「ううん、母がそこで住み込みしていて、わたしも中一までお世話になっていたんです」
「ほんまに? うちは死んだ父親がやっててん、ラーメン屋。くそまずいから、潰れたけど。誰が食うっつうねん、ししゃも載ったラーメン」
「あははは、ごめんなさい」
「かまんよ。マヤちゃんのいたお店は、流行ってた?」
「まあまあかな。出前が多かった。よくおかもち持って行ったな。走るとこぼれるし、遅いと麺が伸びちゃうし…。わたし下手で、よく叱られた」
「何や、似てるなあ。ようわかるわ。それに、うちのはふやける。最悪や」
「あ、あれ」
「それや、ししゃも」
からからと湿り気のない笑いが、彼の背後でする。
 
来た時と同じ、クラブハウス前で解散になった。×山は飲んでいたので、近在の別荘から迎えを呼んだ。現地に泊まる予定らしい。もう一人はホステスと共に温泉へ行くと言った。
「マヤちゃん、ありがとうな」
「お姉さんも、ありがとうございました」
見事なゴルフ接待を務めた二人は、手を振り合って別れた。
助手席に彼女を乗せ、しばらく走ると眠気が差してきた。早起きでゴルフは彼女も一緒だ。気を使って接待に勤めた分、より疲れているはずなのに、彼女はけろりとしている。
「少し停めていいか?」
連絡したいところもある。高速に入ってからすぐのサービスエリアに寄った。彼女を残し、車を出た。少し凝ったように感じる首を回してから、ケイタイで聖にかけた。すぐに出る。
昼食時にクラブハウスで鷹宮の親族を見たと、その名を告げた。
「御殿場の○○ゴルフ場だ。確か、誰かそこの会員がいたはずだ」
そこで、例の件を出し、自殺した理事の遺族を調べてほしいと頼んだ。残した手記があるのではないか、探ってほしいのだ。
「無理はするな。触りでいい」
危険を冒さないよう念を押す。今は聖も自分が動くばかりでなく、警察上がりの者などを上手く使って仕事をしている。
聖は易く頷き、ふと尋ねる、
「今日は、ゴルフですか?」
「ああ」
「プライベートで?」
「いや、接待だ。何だ?」
「いえ。…他にご用はありませんか?」
「ないよ。休日に悪かった。今の件は休み明けでいいから、頼む」
車に戻れば、彼女がこっちを見る。目を揉んでから彼はキーをかけた。その彼へ、彼女が、
「少し休みます?」
「うーん、でも、早く帰りたい」
もう四時になる。ここで休むのなら、帰ってからゆっくりした方がいい。夕べは急な事態が発生して、何もできなかった。それを取り返したい思いが強い。
「疲れてるんでしょう? 速水さんは、行きも運転してくれたし…。あの、わたしが運転を代わりましょうか? 今日はわたしのために無理してくれたんだもの」
「え」
彼女は確か国際免許を取り、アメリカでは車を使って生活していたと、支社の者に聞いていた。思い出し、
「向こうじゃ、何に乗っていたんだ?」
「ホンダのシビッ○です」
彼のものとはパワーもサイズも大きく違う。大丈夫か、と不安な気持ちもあるが、繁華なロスの道路を問題なく走ったのなら、腕に文句も言えない。日本でもレンタカーには乗り、交通法規も覚えているという。
ためらいつつも、キーを渡す。
「任せていいか?」
「はい。速水さん、眠っていて下さいね」
シートを替わった。彼女がミラーの位置を直すのを見、彼は助手席のシートを後ろに倒した。
「ちょっとアクセルの感覚が違うと思う。遊びが多いから、踏み込むときは気をつけてくれ」
「はい」
車が動き出した。走行車線に戻るときの急な加速に、彼はぎょっとなった。寝ていた身体を起こす。彼女は本線を斜めに抜け、追い越し車線にするりと滑り込んだ。
「ごめんなさい、びっくりさせちゃって。大丈夫ですよ。安全運転で行きますから」
「頼むぞ」
危ぶんだが、まあ、支障なく運転できるようだ。
「わ、加速が滑らか。ハンドルが違う。面白い! 速水さんのヤクザカーすごい!」
「何がヤクザカーだ」
はしゃぐ彼女を見ながら、彼は目を閉じた。
(まさか、あのちびちゃんに、自分の車のキーを渡す日が来るとはな)
彼女に運転を任せ、その隣りで自分が目をつむっていられる状況は、快適なのだが、予想もつかなかった分、こそばゆくてちょっとおかしい。頬が緩んだ。
(ヤクザカーか)
やはり車を変えようと決めた。
彼女の好みはどんなのだろう、とふと思う。




           


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