天涯のバラ
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彼女が以前出演した映画の共演相手が、新しく封切られる映画の宣伝のため来日した。
彼女が「ステュー」と呼ぶ、背の高いスターだ。そのステューは、エージェントも介さず、彼女を名指して、日本の案内してほしいと個人的に電話してきた。
彼女は易く請け合った。所属の大都芸能を通せば、それは仕事になった。下町の話題のラーメン屋に連れて行き、俳優の欲しがる家電を買うのにも同行する。遊園地でデートまがいのショットもあれば、いつかの映画の二人の名シーンを、ばっちり再現して笑い合った。
そのアツアツ模様はテレビのあちこちで流れ、雑誌にばんばんも掲載される。映画絡みのレセプションでは、二人が親し気に連れ立って動くのを、彼は間近で見た。ステューは、それが当然のように彼女の腰に手を回し、軽く抱きながら歩くのだ。
初来日の俳優のステューにとって、彼女は日本での活動の橋頭保であると認識するのはわかる。親しく振る舞うが、互いに営業なのだ。彼だって業界に長い、よく理解できた。
しかし、面白くない。
一度など、ある場で口づけするほどの近さで顔をくっつけ、見つめ合いながら話していた。そして、その彼女の頬に、ステューがちゅっとやるのを確かに彼は見た。彼女はちょっと驚いた顔をしたが、にこやかに微笑んでやり過ごしていた。
そんな場を見せられ、周囲に人が多かったが、彼は刹那、不機嫌を隠せなかった。一瞬、頭に血が上った。
(俺の女に何をしやがるんだ)
そんな気持ちがたぎり、静観していられない。何気なさを取り繕って、二人の間に割って入った。彼女は彼にステューを改めて紹介した。人をやって挨拶させていたから、近くで話すのは初めてだ。
自分とそう背格好が変わらない。相手はスターで、鍛え方は違うが。年齢は二つ三つ下のはずだ。ステューは笑い皺を作っての初対面の言葉の後で、彼と同じメーカーのスーツを着ていると言った。自分の襟を指し、
「それ、ここのところでわかるんですよね」
「それは、偶然でも光栄ですね」
当たり障りのない話を少しした。そのとき、秘書が彼を呼びに現れ、ステューに会釈して場を離れた。
水城は俳優をじっくりと目で眺め、離してから、「素敵な人…」
とやや上ずった声で言う。
「場を圧しますね。色男のオーラがすごいですわ」
嫌な相手でもないと思ったが、彼は用で会場を出ながら、「そうか? わからんな」とぶっきらぼうに答えた。
「聖の方がいい男じゃないか」
「主人はいい男でも、あのオーラはないですわ。残念ながら」
「オーラなんか、生活の邪魔だろ」
「我々、一般人にはそうですわ」
でも、と水城は言葉をためてから、
「マヤちゃんとよくつり合うこと。あの雰囲気はさすがですわ。少しも無理がない」
彼にもそれは目に染むほどわかっている。舞台を降りたマヤにオーラを感じることは少ないが、あのステューを前に堂々と振る舞う慣れは、誰にも真似できない。仕事であれ、ある濃密な時間を共有した者同士にしかない、こなれた雰囲気が二人にはあった。
振り返りたくないが、出演した映画には二人の濃いキスシーンがある。物語を追いながら、彼はマヤ演じる女性に釘付けにされた。スクリーン越しに自分を、相手の俳優になぞらえていた幻想が、あのシーンで打ち砕かれた思いがしたものだ。
「それで、義父が何の急用だって?」
水城には、義父から緊急の電話が入っていると呼び出されたのだ。腕の時計を見ながら、次の予定を考える。移動があるから、時間的にもう会場に戻るのは無理だった。彼女にひっそり囁いて、「あまり引っ付くな」とでも釘を刺しておこうと思っていたのに。
「ございません」
「は」
「社長が会場に入られて、既に十分です。後の予定も押しますし、何よりあの二人を見て、これ以上の長居はご無理だと判断いたしました」
妬いた彼が何か失態を冒す前に、引っ込めた、という訳だ。「馬鹿な」と叱りつけるのを留まったのは、その自覚があるからだった。ばちばちとカメラが主役の二人を狙う中、彼が剣呑な様子で彼女を隅に引っ張り、何かを言い含める振る舞いこそがもう失態だろう。
慧眼な秘書に言い返しはせず、ちょっと片頬をふくらませることで済ました。
 
東京での予定を終えたステューは、京都を回り帰国した。その見送りにも彼女は出向き、熱いハグをして別れている。
当然だが、俳優が消えた後で二人の熱愛が報じられた。某週刊誌では『天女様 押かけ女房の熱い夜』などと、彼女がホテルのロビーから外へ出る様子を写した、画像の粗い写真が載った。
ステューが宿泊するホテルで、一方的に思いを寄せる彼女が、『別れ難い情熱の三時間』を俳優と過ごしたのち、深夜帰宅するところだとしている。密会の高級ホテルは、特に彼女が大都芸能に強く言い、最上階のフロアを貸し切らせたものだという。「彼女に及び腰の速水社長に強談判して呑ませた」とまで書いてある。
今回の彼女関連の記事のほぼ全てに彼は目を通した。どれも当て推量の域を出ないものだが、この『押かけ女房の熱い夜』は特にひどい。
まず、彼女が出て来たのはステューが泊まるホテルではない。俳優は、来日前からのリクエストで某和風旅館に宿泊している。
彼女が出て来たのは、ステューがプライベートで招いた客とのごく身内のパーティーの会場に使った場だった。パーティーの客には亜弓と共に恋人のハミルもおり、他数名の親交のある人々が招かれている。
更に、会場は大都が用意したが、フロアの貸し切りはセキュリティーから当然のもので、もちろん彼女は一切口出しなどしていない。
深夜、と記事はしているも、そこまで遅くない。せいぜいが九時頃で、この後彼女はホテルからタクシーに乗り、彼のいる社まですぐに来ているのだ。そこから二人で帰った。
一方的に彼女が熱を上げ、はしたなく押しかけ抱かれている、と記事は匂わせているが、来日以来、彼女を連れ回し恋人ムードを演出したのはステュー本人だ。彼女はそれに上手く合わせ、つき合っているに過ぎない。
ステューの絡みで彼の機嫌が悪いと、このパーティーも早めに帰るなどし、彼女はかなり気を遣ってくれていたのだ。
何の裏も取っていない、悪意すら感じる曲解記事だ。数か月前に書かれた、彼女と黒沼との不仲を取り上げたものから、彼女の醜聞がちょくちょく飛ぶようになった。載る出版社に偏りはない。
有名女優で、話題性がある。何か書けば部数も出る。それはわかるが、同じハイクラスの女優でも、亜弓にはこういったスキャンダルは表に出ないのだ。載るのは、国際的な某大使に選ばれただの、ワインソムリエの資格を取っただの、明るいものばかり。
(なぜ、マヤだけ)
彼は面白くない記事を眺めた余韻に、更に不快になる。マヤの名には、大抵大都芸能と一緒に、彼の名も出るのがお決まりだ。どれもが彼女の大物振りに、彼が利用価値から平身低頭して従っているとのオチだ。
出版社は同じところを使っていなくても、書いた記者が同じなのではないか、と彼は思う。器用に文体は変えてあっても、論旨があまりに重なれば、それが違和感にもなるのだ。
まず何者かの意図があり、フリーのライターに依頼して書かせる。その記事をライターが各出版社に売り込めばことが済む。
(もしかしたら、載せる場も用意してやるのかもしれない…)
それができる者は、きっと限られてくる。何とはなしに名は浮かぶが、行為のその訳が読めない。それに物証はなく、論拠は彼の推論のみと浅い。調べさせようかと思い、それが藪蛇になっても、と躊躇した。




           


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