天涯のバラ
55
 
 
 
まだ春浅い頃、彼女が帰国した。他の役者に先駆けてのクランクアップで、ロケ地のオーストラリアからの便だった。
気象の影響で飛行機が途中引き返すなどし、予定が二日も遅れ、その連絡をもらってはいたが、彼はじりじりしていたのだ。
到着の昼過ぎに合わせ、時間を都合し空港に迎えに出向いた。秘書を連れ、仕事然と様子を作ってのものだ。やはり数名の記者に囲まれるのを、彼は離れた場所から、彼女の側のマネージャーを睨みつけ、対応させた。
「申し訳ありません、北島は少々疲労がありまして。この後、病院に向かう予定でおります…」
記者への対応をマネージャーのそれでシャットアウトし、彼女を車に乗せた。他人の目があり、話らしいものは出来なかった。社長と所属の女優らしいものを交わし、風邪気味という彼女のため、そのまま病院へ車を向かわせ、後をマネージャーに任せて彼は帰社した。
手には「お土産です」と渡された、コアラのぬいぐるみが残った。水城ももらい、子供にやると喜んでいた。彼のそれは、社長室のデスクに座ることになる。
途中、診察の結果を訊くのに、彼女には電話した。風邪なのに、友人に土産を渡しに回っているという。長の撮影のため海外で、その後のオフだ。あまり小言も言いたくない。「無理するなよ」とのみにし、「早目に帰るから」と電話を切った。
突発的な業務もなく、八時前には社を出た。
自宅近くのホテルで待ち合わせた。ここには日本料理の店がある。彼女のリクエストだった。
迎えの車内でも訊いたが、滞在中のことを改めて問う。オーストラリアに移ってから、都市から離れた場での撮影のため、あるキャンプ場を借り切っての滞在になったという。宿泊施設が少ないため、役者それぞれ付いたスタッフ等も、同じバンガロー内に宿泊する。
「楽しかったですよ、本当の合宿でした。毎日当番で自炊して、休みのときは飲んで雑魚寝したり…。あ、マネージャーの堀口さんが、料理上手なんですよ。あの人の作ってくれるオムライス大好き。でも、歌は下手。あははは」
彼女はある意味下積みが長い。『紅天女』を獲るまでは、多少注目は浴びても、目立つことはなかった。気性もあるが、わがままも少ない。こんな女優が相手では、スタッフも楽だろう、と彼は思う。
食べながら、話は今度の亜弓に招待を受けたある会のことに及ぶ。交際して長いフランス人のカメラマンハミルと、正式に事実婚の形を取ることにしたという。そのお披露目に開くごくプライベートのパーティーだ。
「結婚しないんだな」
「そう。二人ともこだわりがないみたいで。歌子さんはともかく、姫川監督がなかなか理解してくれなかったようだけど…」
姫川親子は業界でも仲のよい父娘で有名だ。以前、彼は今回の事実婚を監督から愚痴られていた。国際的に仕事をし、視野は広いはずが、事、娘に関しては別で、ぐずぐずとあきらめが悪かった。
二人は今後、フランスとアメリカ、そして日本に家を持ち、そのときの都合とで行き来をするとか…。
(何とも羨ましい話だ)
彼は彼女の話に相槌を打ちながら聞いた。まだ斬新といえるライフスタイルは、二人のしがらみのなさから生まれるのだろう。予定と責任に埋め尽くされた自分とのあまりの違いに、その自由の想像すらつかない。
屈託のない彼女からは、親友のめでたくも華やかな生活への、憧憬や焦りは見えなかった。
帰宅してすぐ、彼は彼女を抱きしめた。この日会って以来、人目もあり手をつなぐこともしていないのだ。
彼女は彼の胸にぴたりと頬を寄せ、
「久しぶりの速水さんだ」
話したいことは、一つ二つすぐに浮かぶが、それを止めてまず口づけた。彼女は風邪を引いていると身を引くが、彼は許さなかった。
リビングのソファの上で、彼女を組み敷いた。どうしてかひどく焦れた。彼の性急な愛撫を受けながら、彼女は恥じらって、目をぎゅっと閉じている。それでも、明るい中、彼の行為を許してくれる。
無理強いしても欲しくなり、事に及んだ。が、彼女の中に入るとき、照明の下で、自分の目に乳房と局部を晒す彼女が痛々しく見えた。
(今更言っても…)
そう悔いつつも、「嫌じゃなかったか?」
と問う。
彼女は久しぶりの女性的な感覚に、少し戸惑うようだった。小さく喘ぎ、「ううん」とちょっと首を振る。「…速水さんとするの、好き」。
彼の彼女の脚を押し広げる手に触れ、
「ね、早くきて」
その言葉に、彼はがんじがらめに彼女に縛られている自分を思う。約束でもなく、束縛でもない。彼女が彼を縛り上げるきつい縄は、女としての彼女そのものだ。
何度も彼女へ欲望をうがった。彼の下で震えるように反応する彼女を認め、愛しさで胸があふれるように思う。
絶対に、手放せないと知った。彼女のためだとか、そのための世間体だとか、結果傷を負わせる不貞行為だとか…。彼をときにある重さで苛むそれらは、このとき一切の価値を消した。
(どうでもいい)
凄惨な結婚生活も、紫織に刺されたあの夜も、全てこれと引き換えの悲劇だったのでは、などと、埒もない考えがよぎった。
愛情の海があるとして、そこに彼女と二人でたゆたっているような日々だった。しかし、そこにいるのは自分一人で、海だと感じていたものこそが彼女ではないか。その中に、彼のみが包まれ、抗いようもなくのみこまれていく…。そんな様が浮かぶのだ。
精を放つ際、うっとりと瞑目して思う。
(俺は、マヤに溺れ切ってる)




           


パロディー置き場へどうぞ♪


お読み下さり、ありがとうございます。
ご感想おありでしたら、よろしければ メッセージ残して下さると、大変嬉しいです♪


ぽちっと押して下さると、とっても喜んでます♪