天涯のバラ
12
 
 
 
「海外はともかく、日本じゃまだレアケースで、風当たりがきついだろう。君ばかりじゃなく、生まれた子供に対してもだ」
「なら、あちらで生活しようと思っています」
「一人で育てるのはきつくないか? 大仕事を持って…。水城君もあれで大変そうだぞ。まあ、聖が都合の効く仕事だからいいが」
秘書の水城と彼と義父の代から速水で仕事をしている聖が結婚したのは、三年前になる。その後すぐ水城が妊娠し、一年弱の育児休暇を経て復帰したのは去年のことだった。今、聖は経営コンサルタントの看板を上げた事務所を任せている。彼が資本の百パーセントを出資した、看板通りの仕事も受けるが、実質大都グループ調査機関だ。
「続かない無理をしようとは思いません。人手も頼るつもりですし…」
聞いて、遺漏なく思える計画だ。彼女の意志も固いのが見えた。彼女を他の男へ手放すのは限りなく辛いが、思い切って割り切り、こんな風に子供を持たれることも納得し難いのだ。
「誰か他に話したのか?」
「相談っていうか、亜弓さんとは女優同士で、将来のことも話します。油断していると、機会を逃しちゃうって、いつも言っています。でも、ここまで考えたのは最近だから、速水さんが初めて」
「複雑だな、俺は喜ぶべきか?」
「ごめんなさい、妙なこと打ち明けて。返事に困りますよね」
彼女は赤らんだ頬を手で押さえ、恥ずかしさにいたたまれないように目を伏せた。そうでありながら、どこかすっきりした風情でもある。さらけ出した開放感がやや勝るのかもしれない。
ふと、羨ましくなった。
「いや…」
食事は済んだ。彼は「出ようか」と彼女を促した。思いついて、「うちに来ないか? 飲み直そう」
「へ」
おかしな声を出すから笑った。酒ならあるし、イブの夜でどこも人であふれている。この後の場を探すのも面倒だ。単純にそう思っただけだった。
「北島マヤが金で精子をあさる話も、外じゃし辛いだろ」
「速水さん、相変わらず嫌味虫ですね。あさるって何ですか、もう…」
「じゃあ、物色」そう言うと、彼女はグーで彼の腕をぶった。
「どうだ? 部屋はあるし、泊まってもいいぞ。朝帰りは目立つから、昼頃までいてくれたら、俺も出るから、送るよ」
彼女は少し迷う風だった。警戒の色はなく、泊まった場合の明日の予定などを考慮しているだけのようだ。
「俺も話したいことがある」
彼が言えば、うんと頷いた。彼女が欲しがるので、ケーキをテイクアウトする。タクシーを拾うまで、少し通りを歩いた。途中、着替えと歯ブラシを買うと、彼女がコンビニに寄った。
小さなそのビニール袋を彼が持ってやる。指先に提げ、揺らしながら歩いた。思った女性と同じ場所を目指し、こんな風に歩くことは、彼になかった。冷えた風を受け、イブらしい浮きたった気分にふと浸った。
家に着き、すぐにヒーターを強めに掛けた。彼女は広々としたマンションをきょろきょろしている。ここは、結婚して程なく買った。大使館員や外資の役員も住む場所で、安全性も独立性も群を抜いている。新築でもないのに目を見張る金額だったが、立地や諸々を考えれば出もので、すぐに決めた。
「速水さん、今一人暮らしなんですか?」
「そうでもないよ。邸とこっちと、気分で行ったり来たりだよ」
「すごい所ですね」
のぞきたそうなので、好きに見てもいいよ、と言った。ほぼ居抜きで買い、寝室のベッドとリビングのテレビ以外は、日本人の夫とカナダ人の妻の夫婦の住まいだったという以前の持ち主のそのままだ。目障りなものもないので、そのままにしてある。
「素敵! 広いテラスがある。この前で飲みましょう。ね、ね」
テラスの前が石敷きになっていて、フランス窓を開けた向こうがテラスになる。はしゃでいるのがおかしい。その通りに、グラスとワインのボトルを持って彼女の隣りに座った。
「寒いぞ、ここは。大丈夫か?」
「でも、空が見えますよ。いいな、毎日こんな風に夜空を眺められるなんて」
「下宿するか?」
「大家さんが社長って、厳しいですね」
彼女にワインを注いだグラスを渡した。コートを脱いだ彼女が、脚にそれをかけた。しばらく黙って、互いに飲んだ。
「なあ、ちびちゃん。さっきの話、もう決めたのか?」
「え、ああ…、速水さんはどう思いますか?」
「君がしたいのなら、しょうがないとは思う。…俺が止めろと言ったって、君はするだろう?」
彼女は彼を見た。
「速水さんが駄目だって言うのなら、考えます。…半年くらい」
「たった半年か」
「すごい譲歩ですよ、でも」
「じゃあ、半年は保留だ。いいな? どうしても、黙ってやらせる気になれないんだ。君の計画は最後の手段にしてほしい」
「はい…」
「誰も自分と恋愛したがらないって、君みたいな子が、相当なセリフだぞ…。なあ、寂しいのか?」
「ううん、そういうんじゃないです」
「亜弓君だって、似た境遇だろう。君だけじゃない、特別に見られるのは」
「亜弓さんには、ハミルさんがいます」
「君にだって、速水さんがいるだろ」
「それ、しゃれですか?」
「まあな」
彼女はくすくす笑った。そうして、でも、とワインを飲む。
「速水さんは速水さんだから」
「またそれか」
「あの、話って、このことですか?」
「いや、そうじゃない」
彼は煙草を取り出した。火を点け、くわえた。「俺の話だ。君が打ち明け話をしてくれたから、俺もしようと思って」




           


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