天涯のバラ
14
 
 
 
クリスマスが過ぎ、時は足早に次の年へと駆けて行く。
映画に出演していた彼女は、主役より先駆けてクランクアップした。もう年内に仕事はないという。年を越して幕の内が開けた頃、渡米すると聞いた。以前出演していたシリーズドラマがファイナルを迎え、それに彼女はゲスト出演が決まっているのだ。
アメリカへ行ってからの習慣のヨガと、ドラマ出演に向けての英会話のレッスンが、このところの彼女の主なスケジュールだ。
彼が忙しく、年内に会うのは大晦日が最後になった。残務処理を持ち越す彼へ、彼女が夕飯を買い込んで、社長室にやって来た。時刻は九時を過ぎ、子持ちの主婦である秘書の水城は、もうとうに帰宅している。
ソファの前のローテ−ブルに、彼女は買って来たサンドイッチやスープなどを広げた。「もう少ししたら、終わる」と言う彼を置き、ぱくりと食べ始めている。グラタンパイを頬張ると、彼が羨ましげな顔でやって来る。
「どうですか?」
と、食べっていたものを一口すくい、彼へ「あーん」と差し出した。身を乗り出し、彼はそれへ口を開けた。
コーヒーを飲みながら、サンドイッチを食べた。この後、二人でリバイバルのロードショーを観に行く約束になっている。
「何だった? 君が観たがっていたのは」
「○●監督版の『仁義なき闘争、大阪編』です」
約束をした際、何でもいいよとは言ったが、年越しに、古いヤクザ映画をつき合わされるとは思わなかった。○●監督は先だって出演した映画の監督だ。その関連から興味を持つのが、研究熱心な彼女らしい。
年の押しせまった日の夜、静かな部屋で、あれこれ話しながら軽い夕食を食べた。パンのラップフィルムを見ると、近在の老舗のベーカリーだ。多分この年の最後の食事になるそれは、ごく庶民的な懐かしい味をしていた。
何が旨いといって、ごく幼い昔、夢中で食べた味をつんと想起させるものが、一番の気がする。こんなことをしみじみ思うのは、疲れがたまっている証拠かもしれない。
「あ、速水さん」
彼女は今度渡米する際、住む場所がないと言う。以前社が用意した住まいは、支社の許可をもらい、帰国時に友だちのシンガーに譲ってしまったらしい。
「マネージャーがホテルを用意してくれたんですけど、苦手で…。数日ならいいんですけど、ひと月ともなると、辛いから」
そこで、大都が所有の社員専用の宿舎があると聞くから、そこにひと月住まわせてほしいのだと言った。
支社のあるロスに、社が所有のフラットはある。役員や社長の彼が出張時の宿舎になった。彼女が使いたいというのなら、易いことだ。
「構わないよ。連絡しておくから、使ってくれ。そう、俺も一月の下旬に、一度向こうに行くから、食事でもしよう」
「はい、ありがとうございます」
その後、程なく社を出た。タクシーに乗り、目当ての映画館に行く。着いたのは、十時を少し回っていた。上映までにやや間があり、売店でポップコーンとアイスクリームを買って、中に入った。
客は三分の入りだろう。意欲的な彼女には申し訳ないが、古いヤクザ映画を見ながら年越しをしようという変わり種は少ないのだ。彼女が望むなら、まあ、それもいいか、と空いた席の中央に座った。
館内は暖かく、彼はコートを脱いだ。どうせ余るので、隣りの開いた席に置く。彼女も会って以来着たままのショート丈のトレンチを脱いだ。
(あ)
コートの下にはいつものアイボリーのワンピースではなく、違う服が見えた。グレーのニットに、花柄のミニスカートだ。ロングブーツを合わせているが、いつもより脚の露出が高い。愛らしい装いに、彼は目が吸いついた。
彼の問いより早く、彼女は素っ気ない口調で、「大事な一張羅に、午前中コーヒーをこぼしたんです」とぼやいた。
「可愛いじゃないか、それも好きだよ」
照れなのか気まずさなのか、彼女は返事をしなかった。アイスクリームをぱくぱく食べている。
間もなく、場内が暗転し、映画が始まった。
 
チンピラの主人公が、羽振りのいい大物ヤクザに憧れるところから物語は始まった。思い切って極道の組の門を叩く。純粋な憧憬を持つ彼の思いとは裏腹に、組の抗争に捨て駒のように利用されていく…。
アイスの次にはポップコーンをつまみながら、彼女はスクリーンに注目していた。いつからか、隣りで映画を観ていた彼が、舟をこぎ始めた。映画の中盤には、もう熟睡の体だった。頭をだらんと垂れているのに気づき、彼女はやんわり彼の頭を自分の肩に持たせるようにした。起きるかなと危ぶんだが、その気配もない。
きちんとした彼に、こんなことは初めてで、よほど疲れているのだろうと、思いやった。しっかり重いが、そのまま映画を観た。
彼とのつき合いは長い。渡米で途切れた間はあるが、彼女の人生の半分に及ぶ。節度を保てば、この後もきっと続くだろう。近過ぎず遠過ぎない、程いい関係は、きっと続く。
それで、自分はいいと思う。
大切な大切な、彼。紫のバラの人。迷惑を決してかけず、喜ぶようにして、役に立ちたい。それだけでいい。
自分を見る彼が、繕わない笑顔を見せてくれる。そのことだけが彼女には大事だった。その思いは、帰国後彼に再会し、芽生えたものだった。




           


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