天涯のバラ
22
 
 
 
憎み抜いた義父への感情が、彼の中で色を変えたのは、ある事柄のためだ。それはまだ彼が二十代の頃のことで、大都グループ内の物流部門のトラブルがきっかけだった。
先ほど義父が、鷹通内での自殺者に含むような物言いをしたのは、十年も前に大都内で起きたのと同じトラブルだと確信するからだ。
規模もエリアも避けつつも重なる二つの同業の企業の始まりは、大都が九年ほど早かった。創業と同時に暴力団Aとのつき合いが始まった。トラックの広大な待機所購入や、配達の際の便宜などには、少なからずAの助力があった。それにはもちろん多大な金銭の見返りを伴い、支払い続けた。
それでも儲けは大きく、癒着はずるずると続く。
遅れて参入した鷹通は、大都のやりようを真似、やはり暴力団と関係を持った。違うのは会派の異なる組織を使ったことだ。それの報酬には資本力にものを言わせ、札びらを切ったと聞く。
時が流れ、暴力団に対する新法が制定する。警視庁がスローガンとした暴力団排除の動きも活発化した。世論もそちらへ流れていく。従来のやり方は通用しない。長い癒着がマスコミに報じられでもしたら、身近で親しみある企業イメージの大打撃である。大都は方向転換を強いられた。
ここで、鷹通との大きな違いが出る。Aとのパイプになり、交渉をしてきたのが大都では義父の英介だった。彼には信じ難いが、相手の会派の組長とは古い友人であると聞く。
グループの起業からある程度の発展までは、山師的で侠客の色濃い義父個人の能力に負うところが多く、その交友は当然なのかもしれない。
時流により、Aとの断交を決めた時期もよかった。義父と交流のある組長が引退を決め頃に合わせ、申し出を行った。
外部発注先と考えたら、不必要になれば取引は断つのは当然だが、相手は友人であるとはいえ暴力団である。ごねれば、大都はいつまでも金の出る打ち出の小づちだ。そう簡単に切れるとは、彼には思えなかった。
その日のことを、今もよく覚えている。小雨の降る昼下がりで、義父に呼ばれ邸に帰った。人を遠ざけた居間には義父がおり、そこには大ぶりなジュラルミンケースが幾つも転がっていた。金だ。と彼はすぐ思った。
義父はそれを、彼にダンボールに詰め替えろ、と命じる。ケースを開けた紙幣の量は、ざっと見、十億はあった。義父個人の蓄財からだという。「消えても辿られない金だから、気にするな」
そう言い、詰め込みを急かした。これをどこに運ぶのかは訊ねなくてもわかった。急を要するのであることも。余人には見せられず、彼が一人で金をダンボールに入れ替え、封をしたそれらを、表の車のトランクに詰め込んだ。入りきらない分は、後部座席の足元に置いた。
運転手は聖だった。緊張した顔をしていた。この男も義父の向かう先を知っているのだ。Aの用意した会見だ。何があるかわからない、相手はやくざだ。狂気の沙汰に、溜まりかね、彼が自分も同行することを申し出た。
義父はそれをあっさり一蹴した。厳しい声で、
「お前は一切出て来るな。これはわしのシノギだ。関わるな」
それは、大都の後継者を守る意味だ。汚れ仕事は自分の代で終わりだと、そう言っている。跡を継ぐお前がAと面識を持てば元の木阿弥だ、と。
貫目が違う、と思った。修羅場をくぐる気迫も覇気も、自分などとは幾つも階層が違うのだ。素直に、義父のそれに気圧された。
義父は「泊まるかもしれん」と聖の運転で、出かけていった。
突き放すその言葉に、彼は自分の中の義父への凝った憎しみが、薄らぐのを知った。そして、思い知るのだ。自分たちはチームなのだ、と。彼がそうであったように、義父も子とする男子を選べなかったのだ。目の前には互いしかいなかった…。
そうして歪で寂しいチームが出来上がった。
義父との来し方を思う。嫌な記憶が多い。その中に自分の青春が確かに埋め込まれていて、こうして今がある。
(まずくて、疎ましくて、当たり前か)
成り立ちからが、歪なチームなのだから。
しかし、しょうがない。二人きりのチームなのだ。
義父は翌日の夕刻帰ってきた。会見の場の温泉旅館では、芸者を上げて遊び、風呂に入ってきたと機嫌がよかった。Aとの会見について訊けば、
「十億からの引退祝いだ、あんな男が度肝を抜いていた。きっちり話はつけた。この件はもう忘れろ」
それきりだった。
義父の言に違わず、その後大都の物流部門に、Aを含め他の暴力団とのトラブルはない。
彼も知るが、鷹通ではそういった汚れ仕事に親族は出張らない。叩き上げの理事が当たるのだ。暴力団との関係が良好だったときはいい。付け届けも多く、いい目を見たこともあるだろう。
しかし潮目が変わり、担当理事は断交を命じられる。簡単に切れる相手ではない。相手には大事な金づるだ。
義父が成功したのは、相手のトップとの古い友人関係を基にし、自ら交渉窓口になり一切を取りし切ってきた、その実績と信頼だろう。関係解消の際にも、十億もの身銭を切って足を運んでいる。大都グループの総帥が、である。
担当の理事は板挟みにあったのだ。鷹宮翁の意向と、暴力団の狙いとの。互いの利益の綱引きに、その男は引き裂かれたのだろうか。
(自殺した理事が手記でも残していれば、大変だ)
そうなれば、と彼は吐息した。
汚れ仕事に他人を使い捨てた代償は、相当高くつくだろう。




           


パロディー置き場へどうぞ♪


お読み下さり、ありがとうございます。
ご感想おありでしたら、よろしければ メッセージ残して下さると、大変嬉しいです♪


ぽちっと押して下さると、とっても喜んでます♪