天涯のバラ
23
 
 
 
義父が退院し、リハビリに通うようになれば、彼は出張に出かけた。西日本の主要施設の視察とスポンサーの接待だ。飛行機で帰京し、降りた空港でそれを目にした。
商業施設が並ぶエリアの、吹き抜けから、彼女の顔を映したポスターがどんと垂れている。かなりの大きさのもので、ひと際目に着く。スポンサーは、なんと大都グループのホテル部門の企業だった。広告の一々に代表の彼の決済は必要ない。ある規模以上のものは報告が上がるし、彼がその興味を引くものには口を出した。
彼はしばらくポスターに見入った。彼女は京舞妓の姿をして、ある一点をうっとりと見つめている。その先に、外国人の男性の姿がある。背景には寺社が写り、大きく『旅、しませんか』とコピーが縦書きに入る。
「社長?」
連れに呼ばれ、目を放し彼は歩き出した。美しく、印象的なポスターだと思う。
(しかし…)
移動し、オフィスにしている大都芸能に入る。そこでまた目にした。入ってすぐの壁に、ドドンとでかい彼女のポスターだ。左右二枚貼られている。
こちらのものは、同じ舞妓姿でもポーズが違う。至近距離で彼女は白人男性を見上げつつ、熱い視線を送っている。男性も緩い微笑みを浮かべ、優し気に彼女を見つめ返す。背景はCGだろう、淡い桜だった。コピーは、『恋、しませんか』。
それを見て彼はカチンと頭に来た。彼が自ら足を運び契約を結んだ、新規のフィットネス事業で、彼女をメインキャラに推した際、「CMは苦手」と断ったのだ。自分の顔があちこちにあふれるのが堪らない、と彼女はこぼした。
それが空港にも貼られる、どでかいポスターならいいのか。あれは絶対に、人の集まる場に貼られまくっている。
見れば、こちらは男性アーティストの新曲ポスターの日本版のようだ。合わせてプロモーションビデオも制作され、そちらにも彼女は、アーティストの恋人然として登場するという。もちろん有名アーティストのそれは、がんがんそこかしこで流れている。
彼が直接オファーしたCMはあっさり断っておいて、だ。言い訳の言葉すらない。
ポスターにしろPVにしろ、制作にある程度時間がかかる。おそらくその間、彼女とは二度会った。食事の他、あるパーティーで一緒に客をこなしている。一人の客から、久しぶりに彼と彼女が連れ立っているのを、「お、でこぼこコンビ復活だな」と二人してからかわれている。「お互い、友だち少なくて」などと彼女が返し、周囲の笑いを誘っていたのだ。
やはり彼女が側にいる社交は、気持ちが弾んだ。愛想笑いもお追従も苦にならない。心から彼女の存在を、愛しいと噛みしめていたのだ…。
(やってくれたな、ちびちゃん)
出張疲れもあり、途端に機嫌が悪くなった。時間を割いて亜弓の説得に回ったのも、彼女が彼のCM出演を断ったからだ。
社長室に落ち着いて、すぐに水城に彼女へ連絡するよう電話を入れさせた。「おやまあ」といった顔で彼を見たが、何も言わずその通りにした。ケイタイがつながらず、マネージャーに伝言を入れた。
コーヒーを差し出し、
「先日、マヤちゃんにペトリュスの味を訊きましたら、「高級な味」だったそうですよ。おいしかったと言っていましたわ。社長のご厚意を喜んでいましたよ」
彼は足元に置いたアタッシュケースからタブレットを取り出した。起動させて脇に置き、
「彼女と話したのか?」
「ええ、三日前にうちに、子供の誕生祝いを持って来てくれました」
「ふうん」
彼女からは聞いていないし、水城やその夫の聖と仲がいいのは知っていたが、古い仲である三人の、自分を抜いたその関係がどうせ楽しいのだろうと、要らぬやっかみも出る。秘書の子の二歳の祝いには、彼も玩具を送っていた。
「アメリカでのお話も聞きました。ロスの宿舎に感激したと、目を輝かせていましたよ。ジャグジーに入ったと、それは喜んで。身の回りが変わっても、可愛いですわね、相変わらず」
水城が口にした「ジャグジー」のフレーズに、彼はコーヒーをふきそうになった。確認するまでもなく、秘書は何かを知り、彼にあてこすっている。
(あの子は何を話したんだ)
彼が黙っていると、嘆息したように言葉を重ね、
「真澄様とのおつき合いは、かれこれと長くなりますが、今度ほどつくづく感じたことはないでしょうね」
「何が言いたい?」
「いえ、忍耐の鬼、だと申し上げたいだけですわ」
そこで、秘書室からの内戦が入る。水城はそれを見てデスクの電話を取った。すぐに彼へ差し出し、「マヤちゃんですわ。取材が終わったそうです」
彼はそれを受け取り、耳に当てた。彼女の声が飛び込んでくる。
『社長、ご用ですか?』
隣りにマネージャーがいるのだろう、呼びかけは他人行儀なものになった。
彼は自分の中の彼女への憤りが、いつしか熱を冷ましているのを感じた。成長し大人びたとはいっても、所詮は彼女だ。うっかりの報告もれやミスもある。そんなことに一々過敏になり、感情のまま怒鳴りつけていれば、過去の自分と何も変わらない。
彼は穏やかに、ポスターを見たと言った。
「いい出来じゃないか。あのアーティストは?」
彼女はあの男性が、元オーナー夫人の案内で行った、ニューヨークのライブのアーティストだと言った。夫人のコネで食事も共にした。彼女は受賞女優だ。ネームバリューはアメリカでもでかい。アーティストも警戒なくつき合ってくれたという。
『後で向こうから、新曲のPVのお話があって…。嬉しくて、すぐに返事しちゃったんです』その後マネージャーが、会社に了解を取り、そこからこちらの企業とのタイアップ企画にしようと、話が大きくなった。彼が知らなかったのは、義父の手術や決算期の忙しさにそれらが重なり、見落としたのだろう。
「君の代理でフィットネスの方のCMを受けてくれた亜弓君には、ひとこと言っておきなさい。時期が重なる、気を悪くするぞ」
『あ、はい、そうします…』
はっとした声がする。
「いや、俺から先に言おう。あのアーティスト側に、俺が口説き落とされたことにしておくから、そう話を合わせなさい。わかったか?」
『…ありがとうございます、社長』
「じゃあな。また連絡するよ」
それで通話を終えた。和やかに締められた会話の後味は、胸に柔らかい。叱責をぶちまけなくてよかったと、芯から思った。次に会うときまでが、果てしなく辛い。
傍らの水城の視線が痛いが、気にするほどのことでもない。知らん顔で、この後の亜弓の予定を探らせる。程なく水城の声が返る。英文学作品の朗読会に出演しているという。
時間を確かめ、その終了時に合わせて社を出ることを告げた。
「かしこまりました」
秘書は鷹揚に頷く。「よくできました」と言いたげな表情だった。




           


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