天涯のバラ
9
 
 
 
年末にかけ、パーティーが増えた。彼は彼女を伴い、あちこちに顔を出した。
そういった席で、彼女は彼を「社長」と呼んだが、対外的には「速水」で通してくれと彼が言えば、従った。
慣れない間は二人で会場を回り、客をこなしたが、場数を踏めば彼女は雰囲気をつかみ、別れて回ろうと提案する。彼の隣りが嫌なのかと、胸が騒いだが、
「二人で分ければ早く済むでしょ? 時間が余ればその分早く帰れるし、何か食べに行きましょう」
と朗らかに言う。単に効率を図るだけのことらしい。彼が主催では無理だが、招かれたものなら確かにその通りだ。ホストと目ぼしい客へ挨拶をして出席をアピールし、義理を果たせば、後は帰ればいいのだ。
「何かあれば呼べよ」
一人にするのは不安だったが、やってみればこれは上手く運んだ。あまり距離を置かず、互いの存在を視野に入れつつ動く。少し離れた彼女と、ふと目が合った。常に互いの位置を把握しているから、アイコンタクトでごく簡単な意志の疎通はできた。
それが重なれば、彼らのやり方になった。
クリスマス前のその会に、珍しく彼女はドレスで現れた。何のことはない、彼が贈ったものだ。「レンタルでいい」と固辞するが、以前それを着た誰かと鉢合わせすれば、彼女が恥をかく。
「早目のクリスマスプレゼントってことにしておいてくれ」
うるさいだろうと、衣装の包装に紫のバラを添えてやったら、素直に受け取ってくれた。「忘れてるな、俺は現役だぞ」。
「ありがとうございます」
久しぶりに贈ったドレスを着た、彼の思いをかけられた彼女は、可憐だった。そのまま流した肩を覆う髪に、紫のバラを挿したのは、ちょっとしたアイディアだろう。
いつものように、互いの存在を目の端に置き、接客に勤しんだ。何気なく目が合う。それぞれ客の相手をしている。彼が客へ意識を戻し、他愛にない話題を交わしているとき、耳にそれは届いた。
「社―長―っ!」
よく通る、鍛えられた彼女の声だ。聞き間違えはない。賑わいだ会場は、それに一時しんと静まった。彼はぎょっとして彼女の姿を探した。目当ての彼女は彼へ手を振っている。
客に会釈し、急いで彼女の元へ向かう。その間で、「獲りました!」と、テレビで話題になったいつかの彼女の米国での受賞のシーンを真似た声が上がり、場が笑いにどっと盛り上がる。彼女は照れた風で、ぺこりと頭を下げた。
側に来た彼が、彼女の腕を軽く取った。
「でかい声を出すな」
「何かあれば呼べって言ったのに」
彼女は壮年の男性を相手にしていた。初対面で面識はない。が、名を確認するまでもなく、彼がこのパーティーでぜひ顔を売りたい相手だった。そんな情報は、予め彼女に伝えてある。
「藤森先生、先ほどお話しした社長の速水です」
彼女は微笑んで男性に彼を紹介した。
「いや、先生、申し訳ありません。お騒がせを失礼いたしました」
彼は低く辞儀をし、名刺を差し出した。受け取った男性は、
「ああ、あなたが速水さん。もう帰ろうと思ったんだが、声を掛けられて、つい話し込んだ。面白い人だね、あなたの所の北島さんは」
と、相手は機嫌がいい。この人物を彼へ取り次ぐ、絶妙のタイミングだったのだ。生え抜きの舞台女優である彼女の、場の空気を読む感覚は、卓越している。機を逃さず、敢えて会場の注目を引くように彼を呼んだ。目線が集まる中、辞去はし辛い。どうでも、現れた彼と話す機会が生まれる。
何を話したのか彼女に目で問う。彼女は口元に笑みを浮かべたまま、テーブルから男性にまず酒を注ぎ、彼へも新たなグラスを渡してやった。女性らしいが、行き過ぎない気配りだった。
彼女の背に、手を当てた。「ありがとう」の意味だ。
「なに、映画の話を聞いたんだよ。アメリカの撮影風景は疎いから、どんなものかと。彼女は神輿造りに例えて話してくれて、雰囲気がよく伝わった」
初めて耳にすることだった。まず映画をオーダーする相手があり、その作成を総括する人物がいて、目的とテーマが決まる。そして、それぞれ映画にはめ込まれるキャストがおり、それぞれが自分の役を個別にこなし、組み合わせたそれを総括者がまとめ上げる…。
(できた神輿は、配給会社や評論家、観客皆で担ぐ訳か)
上手い例えだと思った。
彼女はいつかテレビで観た神輿造りの光景に、よく似ていると感じると言った。「現場によって、もちろん違うと思います。でも、日本より分業っていう印象が強かったです」
「日本は、チームプレー感が強いかな」
男性の感想に、彼は頷いて応じた。
「ハーモニーを大事にするオーケストラと、個性を際立たせるサーカスの違いとも言えるな。あなたはどちらがやり易いの?」
その問いは、彼にも興味があった。これからの彼女の指針でもあろうから。あっさりと彼女は答える。
「どちらでも。作品は監督のものと思っていますから」
「ハリウッドに進出したと聞いて、どれほどアクの強い女優かと思ったが、あなた、普通のお嬢さんのようだね」
「お褒めいただいたと思っておきます」
彼は背に置いたままの手で、軽くぽんと打つ。「もういいよ」の合図だ。彼女は何気ない様子で会釈し、その場を去った。
その後、離れて会場を回り、都度彼女の姿に目をやっていたが、ふとそれが消えた。探せば、彼女は料理を置いたテーブルにいた。何かを食べ、側の女性とちょっと話していた。相手の皿へ取り分けてやっている。
「さぼるなよ」
彼が行けば、彼女はピンチョスを頬張ったところだった。手の皿に、まだ二つ載せている。「おいしいですよ。今日は着物じゃないから、食べる余裕があるんです」
「後で何か食べに行こう。何でも君の好きなものを、だから…」
彼だって、会をこなして早く出たい。その方が、より多く二人の時間が持てる。だから、彼女の手を引いた。そのまま、彼女はテーブルに皿を置き、彼の口にピンチョスを差し出した。「あーん」と言うから、何となく、条件反射で口を開けた。
彼が食べれば、花が開くように笑う。
「ね、おいしいでしょ。さっき持って来てくれたところだから、まだ温かいし」
彼が贈ったドレスは彼女が好みのアイボリーに、胸元と裾にローズピンクのあしらいがあるものだ。女性っぽさより愛らしさが勝ったデザインだが、こういうものを着てほしい彼の趣味で選んだ。紫のバラを耳に挿した黒髪が、その繊細な生地に映えた。ひどく可憐だと思った。
「休憩終了です。今行きますよ」
皿の残りを口に頬張り喉にやれば、彼女はテーブルを離れた。すぐに人にまみれてしまう。
まぶしい彼女の小さな可愛い身体が、細やかに彼を助け、側にあるのだ。愛しさが胸に突き上げた。
不意に、強く意識した。
あきらめて封じた恋は、思い出として残したまま、今彼は、再び彼女へ恋に落ちている。




           


パロディー置き場へどうぞ♪


お読み下さり、ありがとうございます。
ご感想おありでしたら、よろしければ メッセージ残して下さると、大変嬉しいです♪


ぽちっと押して下さると、とっても喜んでます♪