高慢と偏見
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口説き落として一緒に住み始めた。何の強制もしなかったが、唯一「無断外泊は止めろ」と言ってあった。それはきちんと守られて、外泊時も彼女は必ず連絡を寄越してきた。その約束を破られたのは、初めてだった。
軽くなく、ショックだった。
着替えて、淹れたコーヒーだけ飲みながら、彼女のマネージャーに電話した。すぐに出る。
彼は既に堀口の務める大都芸能の社長ではないが、当たり前に『おはようございます、社長』と挨拶を受ける。
昨日から連絡がつかないことを告げた。
『マヤちゃん、昨日ケイタイを壊して、今修理に出しています』
「そうなのか、あの子は、何台目だ。仕事はちゃんと行ったか?」
『はい『スーパーレンジャー・トランプファイブ』の撮影にはきちんと出ています。撮影後は、このまま帰ると言うので、タクシーに乗せたところまで確認しています。…あの、そちらだと僕は…』
「いや、いいんだ」
彼は今日の彼女の予定を聞き、電話を切った。彼女は今日、別の舞台関係の仕事が一つのみだ。そして、明日からは『スーパーレンジャー・トランプファイブ』のロケとイベントで北海道に三日滞在するのだ。
何とか今日中に会いたい。
彼女の仕事に合わせ、社を出る予定を立てるが、急な来客が入りそれがつぶれた。ホテルの誘致のアピールに、某県知事秘書からの問い合わせが入ったのだ。彼の都合が合えば、知事が議員への陳情の帰りに寄りたいが…、という。さすがに断れずに、受けた。
夕方を過ぎ、再び堀口に電話する。彼女に彼へ連絡するよう伝えてくれと頼んだ。しかし、連絡は来ず、帰宅もしなかった。
頭にくるが、不安も大きい。実を言えば、はるかに大きい。
翌日、早朝の便で立つ空港でつかまえようと向かう。が、なぜかその日に限り大型トラックの積み荷がばらけ、一時道路が封鎖されてしまった。迂回しようにも事故が起き、そっちも車で道路につまっている。
いらいらするうちに時間切れで、あきらめて社に向かった。
みいちゃんのケースを提げ、不機嫌極まりない顔で現れた彼に、秘書の水城はとりあえず熱いコーヒーを淹れてねぎらった。
 
 
彼女が三日間の北海道ロケの間にも、連絡はなかった。五日間接触が途絶えたことになる。以前に合わせ、マネージャー経由で連絡を頼むも、無視だ。
社長室で、書類を見ているとケイタイが鳴る。どきりとするが、待ち焦がれた相手ではなく、大学からの友人だった。この男は今父親の地盤を譲り受けて、国会議員をしている。その結婚披露パーティーがあるという知らせは、随分前に受け取っていた。出席するとも、伝えてある。
その念押しの電話だった。『来れるんだな? 頼むぞ』
「ああ、忘れてない」
『女優の彼女を連れて来るんだったよな、そっちの都合は大丈夫か?』
それに、彼は答えを詰まらせた。すかさず、『おいおい』のツッコミが入る。それが癪で、大丈夫だ、と請け合う。
『女優の彼女に会わせろよー、よー、よー』
うるさい。
背後から『先生、そろそろ』と、秘書らしい声が小さく聞こえて通話が終わった。
自信がなくて、滅入った。彼女には一緒に参加することを伝えてあり、了承も取っている。着ていくもので悩んでいたようだが、彼が助け舟を出す前に「スタイリストさんに教えてらいます」と言っていた。
来る気でいるのか。
それからも、彼女からの連絡は途絶えたきりだ。もう堀口に連絡するのもためらわれた。面子の話ではなく、連絡を頼んでも、それを都度無視されるのが堪えた。もう、人を介してどうののレベルじゃない。
これまでだって、行き違いはあった。しかしそれらは、気がつけばもう仲直りしてしまっているような、他愛のないものばかりだった。抱き合ったり、一緒に風呂に入ったり、酒を飲んだりすれば、あったのかわからないようなわだかまりは、いつの間にか消えてしまっていたのだ。
こんなに長く彼女の側のこだわりが消えないのは、初めてで、まさかと思いつつも、どんどん気持ちが暗く沈んでいくのは避けようもなかった。
パーティーがあるその日曜は、彼は休みには早い時間に起き出し、テレビを見ていた。この時間に彼女の出演する『スーパーレンジャー・トランプファイブ』の放映がある。ちなみに時間があれば、毎回見ていた。演出が子供らしくても、戦隊ものは懐かしく見て楽しい。
地球制服をもくろむ悪の宇宙組織スペース・ヴァンパイアから地球を守るのが、精霊マジック・スーペリアから超人的な力を授かった五人組、スーパーレンジャー・トランプファイブである。
エース、スペード、ダイヤ、クローバー、ハート。トランプをもじったそれぞれのレンジャーが、得意技を繰り出し、絶妙なチームプレーで次々現れる敵を倒していく。彼女はその紅一点、ハートを演じている。このハートは他のレンジャーを小悪魔的な魅力で手玉に乗せつつ、一方敵の親玉とも通じているフシのある、謎の人物である。
しかし、「ハートに盾突くつもり? 百万年早いことよ。天誅、覚悟なさい!」と、戦闘シーンはしっかり正義のヒロインなのだ。毎回流れるこのセリフは、子供たちに大人気で、幼稚園や小学校で真似されているのだとか。
『紅天女』以降、義父のプロデュースで文芸作品や格調高いものへの出演が多かった彼女が、それはそれと受けつつも、自分で選んだ仕事だった。何をやらせても巧いが、このハート役も抜群だ。
とにかくキュートな悪女という彼女に珍しい役柄が、これまでの彼女を知る層に新鮮であるし、子供向けの番組であり、全く別の層にも彼女の知名度を浸透させる結果になった。
また義父がこの役に不平を鳴らしつつも、「わしが引っ張ってきた女優に恥をかかせるな」と、周囲にはっぱをかけ、宣伝も派手であった。それも功を奏したが、やはり、内容の面白さが大きい。
レンジャー役はまだ名の売れない若手がそろう。彼女の卓越した演技にけん引される形で、彼らの熱演が物語を通して伝わる。何か熱いのである。ともかく、ここ数年の戦隊シリーズでは突出して視聴率を稼いでいるらしい。グッズの売れも好調だとか。
愛らしい悪女っぷりをまき散らす、ハート役の彼女にまた見入ってしまった…。そして、彼女が同世代の、夢を持ったきらきらした若者に囲まれている現実を突きつけられもした。役者同士話も合い、将来への目的意識を共有することもあるだろう、と思う。
一方、自分と彼女が合うといえば、ワインの好みとエアコンの設定温度くらいなものだ。地位や肩書に関心のない彼女にとって、既に大都芸能から離れた彼は、単に社長室でふんぞり返って仕事をしている、興味のない世界にいる人間にでも感じるのかもしれない。
それに、彼女はもう、かつて彼が紫のバラを贈り続けた頃の、実力はあるがぽっと出の女優ではなかった。『紅天女』を獲得し、その後の活動も注目を集める、気鋭の若手女優に育ってしまっている。既に、彼の手助けなど、必要としないだけのものを手に入れてしまっているのだ。
考えたくもないが、彼との関係を清算したところで、ダメージはない。
パーティーは都内の某施設で十一時から行われる。親族では既に行った披露の、今回はオフィシャルなものだという。新郎新婦の顔ぶれで、議員やそれに連なる人々、経済界からも来るだろうし、友人もそれなりのがそろっている。ただ、忙しい人々が集まる会でもあり、親族も遠慮した、辞去の気楽なカクテルパーティー形式と聞く。
仕度には随分早く、彼はテレビを見終わった後、煙草を吸い、ぼうっと紫煙を眺めた。そのとき、メールを知らせるメロディが鳴り、テーブルのケイタイを取った。久しぶりの名に、胸が躍る。彼女だった。
『今日のパーティー、直接行きますね』
それだけ。
(直ったのか)
と連絡を待ち過ぎて、そんな感想が先になる。




           

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